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Skyggenes dal 魔性の谷

ノルウェー映画 (2017)

6歳の少年アスラック役のアーダム・エーケリ(Adam Ekeli)が主演するファンタジックな映画。ノルウェー南部の放牧地帯に住む多感な少年が、羊を食い荒らす「主(ぬし)」を狼男だと思い込み、その主が住むと思われる森の中に、いなくなった愛犬を捜しにいく物語。少年の目にとって、「何でもない森」は、魔性のものが棲むおどろおどろしい場所に見え、そこで極限の3日間を過す体験をする。映像と音楽は非常に美しく、少年の繊細な心の動きをとらえた脚本は完成度が高い。原題の英訳は『Valley of Shadows』。直訳すれば「影の谷」だが、英語の“shadows”には、「亡霊、幻」のような意味もある。実際には、アスラックの心が思い描いた「存在しない怖いもの」のことなので、「魔性」と訳した。

住む人もまばらな山あいの僻地に、アスラックは母と2人だけで暮らしている。兄の部屋はあるのだが、締め切られたままで、アスラックはほとんど会ったこともない。友達は、少し離れた場所でめん羊牧場を営んでいる農家の息子で年上のラッセだけ。その農場の羊が数頭、狼によって食い殺される。ラッセは、アスラックに死骸を見せると、本を見せ、犯人は狼男だと教える。アスラックはその話を本気にしてしまう。そして、狼男の住処が近くに見える深い森の中だと教えられ、恐る恐る中に入って行くが動物の白骨が散乱する場所を見て、怖くて逃げ出す。そんな時、アスラックの愛犬ラップが、その森の近くで姿を消してしまう。アスラックは犬を見つけようと、敢えて怖い森の中に分け入る。アスラックは霧によって森を追われ、谷に入り雷と雨に虐められ、知らない動物や鳥に脅され、疲れ果ててたまたま見つけたボートに横になって寝る。そこで見た夢は、アスラックを「実態のない恐怖」から解放し、羊だけでなく狼にも優しい少年に育て上げる。

アーダム・エーケリの年齢は分からないが、幼児のような話し方なので、6歳という設定年齢に近いと思われる。その分、台詞はほとんどないが、山の中で弱っていく描写を見ていると、6歳の子が演じるのは大変だったろうと思わせる。金髪碧眼の典型的な北欧系。


あらすじ

朝、アスラックが寝ていると、壁に何かがぶつけられる音で目が覚める。布団を跳ね除けたアスラックは、パンツ1枚(1枚目の写真)。暖房が行き届いた北欧ではよく見られる「寝る時の格好」だ。アスラックが窓から覗くと、下にただ一人の友達のラッセがいる。5~6歳年上、アスラックの倍の年の少年だ。アスラックの住んでいる場所は人里離れた田舎なので、自然と付き合いの範囲も狭くなる。ラッセも、うんと年下のアスラックを相手にするのは、近くに誰も住んでいないからだ。アスラックが窓を開けると(2枚目の写真)、ラッセが「来いよ」と声をかける。「どうして?」。「見せたいものがある」(3枚目の写真)。「何なの?」。「来いよ」。
  
  
  

アスラックは服を着込むと〔恐らく10月くらい、しかも早朝なので、外は結構寒い〕、テーブルの上に置いてあった朝食のパンを取り、母には何も言わず、愛犬のラップには「ここにいろ」と言って家を抜け出す。ラッセに連れて行かれたのは、牧場の中にある大きな家畜小屋。その一角のコンクリートの床の上には、無残に食いちぎられた羊の死骸が置いてあった。アスラックが剥き出しの内臓に触ると、右手の先が血で真っ赤になる(1枚目の写真、矢印)。その時、バタンと音がして、ラッセの父が他の男を連れて小屋に入って来た。2人は急いで物陰に隠れる。ラッセの父は、もう1人に、「これを見てみろ」と死骸を見せる。「奴は、楽しむために殺してる」〔「奴」が何を指すのか最後まで分からないが、狼であろう〕。「確かにそう見えるな。報告したのか?」。「これ以上は殺されんぞ。犬に見張らせる」。ラッセはアスラックを自分の部屋に連れて行くと、「羊を殺したのは狼男〔varulv〕だ」と言って、1冊の本を取り出す。「見てみろ。奴は子供だって食べるんだ」(2枚目の写真)。「満月になると凶暴になる。じき満月だぞ」。アスラックの純真で感受性の強い心には、身の毛のよだつ挿絵(3枚目の写真、矢印は狼男)が暗示する「恐怖に満ちた世界」が強烈に焼き付けられる。
  
  
  

家に戻ったアスラックはバスタブに入り、手についた血を必死に落とす。夜になって自分の部屋に入ると、アスラックはラッセから借りてきた本の挿絵に、取り憑かれた様子で見入っている。すると、家の前に車がやって来る音が聞こえる。何事かと思って窓から覗くと、それはパトカーだった。母の、「なぜ、こんな時間に?」という迷惑そうな声が下から聞こえる。アスラックは、足音を立てないように階段の中段まで降りて行く。「彼、何をやらかしたの?」。「詳細は、申し上げられません。今は制御不能で攻撃的かつ暴力的です。身柄を確保しませんと。正直に答えて下さい。最近彼はここに来ましたか?」(1枚目の写真)。「この数年、ほとんど連絡がつかないわ。知ってるでしょ?」。「ええ、知っています。でも、彼の部屋を調べたいのですが」〔この「彼」について、この時点では全く説明されていない。後の展開で、①アスラックの兄で、②麻薬常用者であることが分かる〕。母と警官2名が2階に上がって来そうなので、アスラックは急いで自分の部屋に戻る。母は、階段を駆け上がる音が聞こえていたので、アスラックに部屋に入っているように命じてドアを閉める。アスラックが鍵穴から覗いていると、母は、兄の部屋の右隣の部屋のドアを開け、その鍵穴に差し込んであった鍵を抜くと、正面の兄の部屋のドアの鍵を開ける。そして、警官たちに、「しばらく部屋に帰ってないことが分かるハズよ」と言って、中に入らせる(3枚目の写真、矢印は右隣の部屋のドア、画像の周囲が黒いのは鍵穴から覗いているため)。アスラックは、パトカーが来た時、開きっ放しにしてあった挿絵にもう一度見入る(3枚目の写真)。「攻撃的かつ暴力的」という言葉と、狼男とをダブらせて見ているのかもしれない〔兄は狼男で、羊を食い荒らしていると想像したのかも〕
  
  
  

警官が去り、アスラックがそっと下に降りて行くと、母は何事かを考えながらタバコを吸っていた。場面は真夜中に変わる。アスラックがベッドに入って悶々としていると、外で、ドアが閉まる音が聞こえる(1枚目の写真)。そして、車のドアが開き、エンジンがかかる。母は1人でどこかに出かけて行った〔施設に強制入院させられた兄に会いに行った?〕。アスラックはベッドから出ると、部屋を出て階段を降り、「ママ?」と声をかける。返事の替わりに、ドアの外からガタガタ音がする。アスラックがドアを開けると、愛犬のラップが中に入ってきた。アスラックは、さっき母がタバコを吸っていたキッチンに入り、もう一度「ママ?」と声をかける(2枚目の写真)。窓の外には、「上弦の月」からやや膨らんだ月が見える。何となく怖くなったアスラックは愛犬を抱いて玄関のタイルの上で寝る(3枚目の写真、矢印は愛犬のボーダー・コリー)〔北欧なので床暖房が効いているが、玄関のタイルまで暖かいのだろうか? それとも犬の温もり効果?〕
  
  
  

翌日、学校が終ると、アスラックはラッセに会いに行く(1枚目の写真)。ラッセは、アスラックを新たに殺された羊のところに連れて行く。今度は、家畜小屋ではなく、まだ放牧地に放置されたままの状態だ。ラッセは、「奴は、腸を食ってる」と指摘する(2枚目の写真、矢印は腸が露出した死骸)。「狼男がやったの?」。「そうだ」。アスラックは家に戻ると、母がキッチンで仕事をしているのを確認すると、昨夜鍵穴から覗いて知った方法で「兄」の部屋の鍵を開けて中に入る(3枚目の写真)。狼男の証拠を探しに入ったのかもしれないが、それらしきものは何もない。ベッドの下に押し込んであった紙箱を出したところで母に見つかり、「ここに入っちゃダメじゃないの!」と叱られる。
  
  
  

夕食の時間になり、アスラックは母に、「ラッセのトコでお泊りしていい?」と尋ねる。「あの子とは、あまり付き合って欲しくないの。お友だちになるには年が違い過ぎない?」。アスラックは沈黙で抵抗する(1枚目の写真)。「あの子、優しくしてくれるの?」。返事はない。「アスラック、聞いてるの?」。「うん」。根負けした母は、OKを出す。アスラックは薄暗くなった野原を歩き〔1キロ近く離れている感じ〕、ラッセの家に近づいて行く〔母子家庭のアスラックの家の方が若干大きい〕。次のシーンでは、もうラッセの部屋。ラッセはベッドに横になり、アスラックはその脇の床にマットレスを敷いて仰向けに寝ている。アスラックは、「怪物は、楽しむために殺すの?」と尋ねる。「さあな」。「捕まると思う?」。「たぶん」。その後、ラッセは、思いもよらないことを口にする。「奴がどこに隠れてるか、知ってるぞ」。「どこなの?」。「山の上の森の中だ」。「どうして知ってるの?」。「分かるんだ」。「お父さんから聞いたの?」。「いいや」。「じゃあ、どうやって?」。「分かるんだ」。そう言うと、ラッセはベッドから身を起こして窓の方を見る。アスラックもつられて起き上がり、窓を見る(2枚目の写真)。ラッセはベッドから出ると窓のところに行く。アスラックも横に立つ。ラッセは窓から見える「森に包まれた山」を指し、「あの上にいるんだ」と教える(3枚目の写真、矢印は指を指した方向)。「あそこに行ける?」。「ああ」。
  
  
  

翌日、2人はさっそく山に向かう。そして、山を覆う巨大な森の前に着く(1枚目の写真、矢印は2人)。この森のイメージは、私が最高に好きな映画『ロード・オブ・ザ・リング』に出てくる「邪悪な心を持った木々が巣食っている、ファンゴルンの森」をイメージしているに違いない。参考までに、『第2部: 二つの塔』から、アラゴルンとレゴラスとギムリが最初にファンゴルンの森の前に立ったシーンを2枚目に示す。ラッセは、「ホントに森の中に行きたいのか?」と訊き、意志が固いのを知ると、森の周りを囲む金網の上に押し上げて「禁断の森」の中にアスラックを入れてやる(3枚目の写真)。『ロード・オブ・ザ・リング』でも多用された合唱によるハーモニーが不気味な雰囲気を醸し出す中、アスラックは恐る恐る「昼なお暗い」森の中に入って行く。しかし、苔むした森の一角でアスラックが見つけたものは、白骨化した動物の散らばった骨。あまりの恐怖にアスラックは逃げ戻る。その後、数百頭の羊がラッセの農場に戻って来る光景が映される。アスラックが家畜小屋の中でラッセに見せられたものは、丸く縛った羊の肉の塊。それは「羊を捕食する怪物を殺すための罠」で、肉塊には毒を注入するのだと、大きな注射器を見せられる。アスラックは、大きなバケツいっぱいの肉塊をじっと見る〔「狼男=怪物=兄」だと思っていたとすれば、これで兄は殺されてしまう、と考えたのかも…〕
  
  
  

翌朝、アスラックが食事をしていると、パトカーがやってくる(1枚目の写真)。外に出て行った母は、警官に何事か言われると、その場で崩れるように倒れ、泣き始める〔長男が麻薬の過剰摂取で死亡した〕。怖くなったアスラックは2階に駆け上がり自分の部屋のクローゼットの中に逃げ込む。そこで親指をしゃぶっていたアスラックは、母が狂ったような叫び声を上げると両手で耳を覆う。母の断続的な叫びは30秒近く続く。何も聞こえなくなったと確信したアスラックは、耳を塞いでいた手を放すが、茫然としたままだ(2枚目の写真、碧い目が印象的)。次のシーンでは、母は警察署に行き、詳しい状況説明を受けている。アスラックも一緒に母について行き、別室でお絵描きをしている。母は警官に、息子が如何になおざりにされ、無視され、その結果死んでしまったと半ば抗議している。「あんたたちにとっては、麻薬常習者がまた死んだだけ」という言葉が出てくるので、兄がどんな人物で死因が何だったかが分かる。母は言いたいことを言うと、アスラックを連れて家に戻る〔なぜ、わざわざアスラックを連れて来たのか? それは、この映画ではすべてアスラックの目を通した第一人称で描いているので、死因を観客に知らせるには、この方法しかなかったのであろう〕。母は、悲しさを紛らわそうと、睡眠薬を飲みソファに横になって寝てしまう。アスラックは再び兄の部屋に入り、2日前に発見して開けずじまいだった紙箱の中を見る。中にあった物の中でアスラックの気を引いた物はライターだけだった(3枚目の写真、矢印)。アスラックはライターを自分の部屋に持ち帰ると、ポケットに入れる。
  
  
  

アスラックは、そのままレインコートを着ると、愛犬と一緒に外に出て行く(1枚目の写真)。丘の中腹には、小さなトレーラーハウスが放置してある。窓は割れ、中は荒れ放題〔ひょっとして、兄はそこに暮らしていたのか? 詳しいことは何も分からない〕。アスラックが中で考えごとをしていると、外でラップが吠え、唸り声を上げると、何かに向かって走り出す。アスラックは、トレーラーハウスから出て後を追うが、すぐに姿を見失う。吠え声に導かれて向かったのは例の「森」。「ラップ!」と呼びながら森を囲む金網沿いに走っていると、1ヶ所金網が破られている。アスラックは、破られた箇所をしげしげと眺める(2枚目の写真)。そこが、あたかも、「怪物の出入り口」だと確信したように。アスラックは、10メートルほど中に入ってみるが、怖くなって逃げ出す。強風で巨大な枝が大きく揺れる様は、森全体を怪物のように見せる(3枚目の写真、矢印は「荒ぶる森」から逃げ出すアスラック)。巧みな演出だ。
  
  
  

結局、愛犬ラップは戻って来なかった。夜、ベッドサイドで、母は、「明日は、きっと戻るわ」と、アスラックを慰める(1枚目の写真)。「もし、戻らなかったら、一緒に捜しに行きましょ」。外からは、風の吹きすさぶ音が聞こえる。窓から見える家の近くの木の枝は、まるで生きているようだ。愛犬の鳴き声も聞こえる。森は生きていて、怖いところだというアスラックの想いはつのっていく。真夜中になり、アスラックはラップの立て続けの鳴き声で目だ覚める(2枚目の写真)。そのままベッドから出て、階段を降り、玄関のドアを開けて外に出る(3枚目の写真)〔秋の夜に家の外でパンツ1枚は寒すぎる〕。「森」の上には、少し満月に近づいた月が輝いている。
  
  
  

アスラックは、家に戻ると、先回のように、玄関のタイルの上で丸くなって寝てしまう(1枚目の写真)。ただし、今回ラップはいないので、下にも上にも暖かいものをまとっている。明るくなると、早くラップを捜しに行きたい一心のアスラックは、母のベッドまで行き、「ママ?」と呼びかける。しかし、ベッドサイドのミニ・テーブルの上には水の入ったコップと睡眠剤が置いてある。長男を亡くした母は、睡眠剤がなければ眠れなかった。だから、アスラックが、「ラップがまだ戻らない」と声をかけても(2枚目の写真)、体を揺すっても目が覚めない。アスラックは、仕方なく自分一人で出かける用意をする。すぐ見つけられると思っていたので、用意したのは、パンの厚切りにたっぷりとジャムを塗った一切れだけ。それをパラフィン紙で包む(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

雨が降っていなかったので、アスラックはジャンパーだけで〔レインコートなしで〕「森」に向かう。そして、破られた金網の前で「ラップ!」と叫ぶ(1枚目の写真)。反応がなかったので、仕方なく金網の中に足を踏み入れる。以前は興味本位だったが、今回は、愛犬を捜し出す使命がある。アスラックは勇気を奮って奥へと進む。どこかで吠える声がしたので、もう一度、「ラップ!」と叫ぶが、応答はない。山を登るにつれ、深い霧が漂い始める。どこにいるのか分からなくなり、登ったり下ったりしているうちに、前に来た時に見てしまった白骨の散らばった場所に出てしまう(2・3枚目の写真)。気味の悪い鳥の鳴き声も間近で聞こえ、アスラックは一目散に逃げ出す。まとわりつくような霧は、アスラックの恐怖心を表わしているのだろう。
  
  
  

霧が晴れると、目の前には谷間の明るい草地が広がっていた。足場の悪い草地を歩きながら、アスラックは何度も犬の名を呼ぶ。俯瞰撮影が美しい大自然を映し出す(1枚目の写真、矢印の先の「点」がアスラック)。見た目は美しいが、そこを歩いていく小さなアスラックにとっては、変な声がいっぱい聞こえてくる恐ろしい場所だったに違いない。アスラックは草地を横切って反対側の森に入って行く。斜面を登っていくと、いきなりヘラジカと出遭う(2枚目の写真)。ノルウェーでは「森の王」と呼ばれる巨大な哺乳類で、攻撃性もあり、大きな角は小さな子供にとっては脅威以外の何物でもない。目と目が出合い、ヘラジカがゆっくりと前に進み出る。アスラックは必死で逃げ、途中でつまづいて転倒する。その場に座りこんだアスラックは、ケガをした右の膝下の出血部を指で触ってみる(3枚目の写真、矢印)。何とか気を取り戻したアスラックは、再び歩き始めるが、今度は高い崖の上に出てしまい、それ以上進めなくなる。
  
  
  

こうして、アスラックの「森」の中での1日目が終わりに近づく。辺りは真っ暗。鳥の鳴き声も不気味さを増す。この時、映画の中で一度だけ使われる「真っ暗な森の中で人工的にライトをあてる」撮影方法も、幻想性を増すのに効果的だ(1枚目の写真、矢印はアスラック)。現実には、月の光も木々で遮られてほとんど真っ暗。アスラックは持参した兄のライターを点けて「明るさ」の中に勇気を求めるが、目には涙が浮かぶ(2枚目の写真、矢印はライターの火)。想像力豊かなアスラックにとって、ここは「魔性の森」以外の何物でもない。風が吹き始め、木々が唸る、霧が出て、雷鳴とともに雨まで降り出す。夜明けとともに少しは明るくなったが、持ってきたパンの包みを開けるとパンは雨でドロドロ(3枚目の写真)。手から滑り落ちていく。アスラックには、もう泣くことしかできない〔レインコートではないので、髪はずぶ濡れ〕
  
  
  

その後 雨は止むが、アスラックは放心状態で木の根元に横たわったままじっとしている(1枚目の写真)。脇では、山に降った雨水が小さな滝のように流れ落ちている。頭上には葉がすっかり落ちた枝が生き物のように覆いかぶさっている〔落葉し降雪がないので10月と推定した〕。アスラックは何とか立ち上がり、うつむいたままかろうじて歩を進めていくが、しばらく歩くと地面に座り込み(2枚目の写真)、そのまま横になって眠ってしまう(3枚目の写真)〔前夜は恐怖で眠れなかった〕
  
  
  

次にアスラックが目を覚ましたのは、暗くなり始めてから。きっかけは木の折れる音だった(1枚目の写真)。うっすらと開けた目には、少し先で木の枝が動いているのが見える。アスラックはそろそろと立ち上がると音のする方に歩いて行く。そこには川が流れていて〔上流部なので狭いが、日本のような急流ではない〕、上流から流されてきた流木の枝が、岸辺に生えている木の枝にぶつかって音を出していたのだ(2枚目の写真)。流木を見ていたアスラックが、ふと気付くと(3枚目の写真)、岸辺に1隻のボートが放置されている。
  
  
  

アスラックは、ためらわずにボートに乗り込む。恐らく、一刻でも早く谷を下り、森から出たかったのであろう。アスラックをボートを流れに出す。最初は、座っていたが、じきに流れの方向に横になって眠ってしまう(1枚目の写真)。女性の低く悲しみに満ちた声が音楽と一体化して流れる。『ロード・オブ・ザ・リング』の『第1部』の最後で、勇敢に戦って死んだボロミアを舟に乗せて川に送り出すシーン(2枚目の写真)、そっくりだ。音楽も、意図的に似せてある。美しく寂しい北欧的な歌声〔如何にもエルフ的⇒サウンドを聞きたい場合はここをクリック(wavファイル)〕はその後も続き、ボートが流されていく様子を克明に追い、最後は、ボートが川霧の中を画面の右から左まで1分もかかってゆっくりと流れていく幻想的なシーン(3枚目の写真、ちょうど中間点)で終わる。
  
  
  

アスラックの乗ったボートは、岸に漂着する。ぶつかった時の軽い衝撃で目が覚めたアスラックは、ボートから降りる(1枚目の写真)。岸に上がり、座り込んで横を向くと(2枚目の写真)、岸の上には家があり、その横に男が1人立ってこちらを見ている(3枚目の写真、矢印)。人間を見てほっとしたアスラックは、助けを求めるつもりで家に向かってよろよろと歩いて行く。気力を使い果たした感じだ。
  
  
  

アスラックは家に近づいていく。入口のドアの階段には、レインコートを着た男が座っている。「何しに来た?」。「犬をさがしてる」(1枚目の写真)。「どうしたんだ?」。「逃げちゃった」。「何で?」。「知らない」。「どんな犬?」。「ボーダー・コリー」。「色は?」。「黒と白」。「名前は?」。「ラップ」。「いい名前だな。だけど、この辺で犬を見たことはないな。君は森が好きなのか? 気をつけろよ。迷うぞ。迷ったのか?」(2枚目の写真)。それだけ言うと、男は返事も聞かず、家の中に入ってしまう。ドアは開けたままだ。フラフラ状態のアスラックは、開いたドアから中に入って行く。中は、照明がないので真っ暗。アスラックはライターを点けて中を歩き回るが、男の姿はどこにもない。「ハロー」と呼びかけても応答はない。疲れているアスラックはライターをテーブルに置き、ソファに座り込む。しかし、使いすぎたライターは燃料がなくなり、やがて消えてしまう。アスラックは何度もライターを点けようとするが、火花が散るだけだ(3枚目の写真、矢印は火花)。
  
  
  

この映画の中で、一番ミステリアスな場面。暗闇の中で声が聞こえてくる。「ママが心配してるんじゃないのか? それとも、ここに来たのには、他にワケがあるのか? 家では、うまくいってたのか?」。アスラックが何も答えないので、「いつも黙ってるのか? 私が怖いのか?」と尋ねる。アスラックは恐怖のあまり、「お願い、姿を見せてよ」と頼む。男が、忽然と現れる。「怖かったか? 怖がらせるつもりは、なかった」。アスラックは「ラップに無事でいて欲しいだけ」と言う。「君の犬だな?」。「僕の犬を食べたの?」。「食べてない。そんなことするハズがないだろ。なぜ、そんなことを言う?」(1枚目の写真)。「怪物が羊を食べたから」。「犬はきっと無事だ」。男の姿が消える。「あなた、怪物なの?」。今度は、男は手にライターを持っている。そして、教え諭すように言う。「我々は、理解できないものを怖がる〔Det vi ikke forstår, gjør oss redde〕。だから、それを怪物のせいにするんだ〔Og da trenger vi et monster å skylde på〕」(2枚目の写真)。この映画のキーになる言葉だ。「まだ、私が怖いか?」。「ううん」(3枚目の写真)。「君はいろいろと考え過ぎる。自分自身と悪夢のことをな。君の恐怖が伝わってくる。そんなものは捨て去って眠るんだ」。男はアスラックの頭を抱えて眠らせる。この場面には、いろいろな解釈があるだろう。男は単なる世捨て人かもしれない。しかし、私は、アスラックがボートを降りてからの一連の出来事は、すべて実際には起きなかったこと、アスラックを救うために自ら、あるいは、自然界が作り出した幻想だと考える。アスラックは、多感で何でも信じ、それが狼男や怪物となってアスラックを苦しめている。この架空の家に住む架空の存在が、アスラックの悪夢を断ち切って解放したのだ。
  
  
  

翌早朝、男は寝ているアスラックを抱いて家を出ると(1枚目の写真、矢印)、アスラックをボートに寝かせ、川に再び送り出す(2枚目の写真)。再びエルフ的な歌が流れ、男の姿は霧に包まれて消える。そして、歌が終わると、ボートは別の岸辺に漂着している(3枚目の写真、矢印はアスラック)。先の見解をくり返すと、前日の夕方ボートに乗ってから、今朝、岸辺に着くまでの間ずっとアスラックはボートに乗ったまま夢を見ていたのだ。そして、その夢の中でアスラックは恐怖を乗り越えるすべを学んだ。
  
  
  

岸に上がったアスラックは、森の中を歩いて行く。森は、もう怖い場所ではない。しばらく歩いていると、犬の吠え声が聞こえる。そして、前方からオレンジの服を着た男が現れる(1枚目の写真、矢印)。男は、「こっちだ!」と叫ぶ。もう1人のオレンジ服と、捜索犬を連れた黒服の男が近づいてくる。アスラックがいなくなって3日目の朝、捜索隊がアスラックを発見した瞬間だ。「アスラック君か?」。「そうだよ」。「赤十字のエイヴンだ。寒いか?」。「うん」。男は、アスラックのバックパックを横の男に渡すと、「おウチに連れていってあげよう」と抱きかかえる(2枚目の写真)。下の開けた場所にはパトカーや救急車など4台が停まり、10名ほどの人が捜査活動に従事していた。アスラックが現れたのを見て、母が駆けつけ、隊員からアスラックを受け取って抱く(3枚目の写真)。
  
  
  

翌朝、目が覚めたアスラックに母は優しく話しかける。「よく眠れた?」。「うん」。「良かった。気分はどう?」。「いいよ」。「良かった。今日は、学校に行かなくていいから。一緒においしい朝食を食べましょ」(1枚目の写真)。それだけ言うと、アスラックの額にキスする。食事が終わり、アスラックがお絵描きをしていると、そこにラップが連れてこられる。アスラックは大喜びでラップに抱き付く(2枚目の写真、矢印はラップ)。母は、ラッセに、「ラップを連れて来てくれてありがとう」とお礼を言う。「家畜小屋の外にいたんです」(3枚目の写真)。これで、ラッセは、アスラックの友達として母公認になった。
  
  
  

アスラックとラップが戯れるシーンの後、アスラックが野原に流れている幅1メートルもない小川に木片を投げるシーンがある。これは、川でボートに乗ったことを思い出しての行為であろう。木片を見送ったアスラックは立ち上がると「森」を見る。アスラックが森に行くと、そこでは、ラッセ親子が「破られた金網」を修理して、森から狼が出てきて羊を襲わないようにしていた(1枚目の写真)。修理中の金網の下には、毒入りの肉塊を入れたバケツも置いてある。家に戻ったアスラックは、兄のライターを見ながら考える。「森」の中に潜んでいて羊を襲ったのは、兄でも狼男でも怪物でもない、ただの狼だ。夕暮れ時になり、アスラックは袋を持って「森」に入って行く。もう怖くなんかない。森の中に置かれた毒入りの肉塊を拾っては(2枚目の写真、矢印は肉塊)、袋に入れる。羊は可哀相だが、狼も可哀相だと考えたのだ。肉塊の回収が終わると、アスラックは、金網を狼が出入りしやすいように広げてやる(3枚目の写真)。
  
  
  

そして、真夜中。狼の遠吠えが聞こえる。アスラックはベッドから出ると、窓辺に立って「森」を見る(1枚目の写真)。森の上には満月がかかっていた(2枚目の写真)。「狼男が凶暴になる」日だ。しかし、狼男のことなどもう信じていないアスラックは、ドアから外に出て狼の遠吠えに耳を傾ける(3枚目の写真)〔それにしても、寒いと思うのだが…/10月だと南部でも夜は5℃以下〕。映画は、兄の葬儀のため喪服を着たアスラックが、兄のベッドに横になって兄に思いを馳せるシーンで終わる〔この場面が何のために挿入されたのかは分からない〕
  
  
  

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